ちちんぷいぷいの語源・由来・意味は?元ネタと「ぷい」の意味を整理

「ちちんぷいぷい」は、子どものけがをなだめるときに使う言葉として知られています。一方で、魔法の呪文のように唱える言葉だと思っている人も多く、「ぷいぷい」にはどんな意味があるのか気になるところです。この記事では、ちちんぷいぷいの意味や語源、由来とされる説、江戸時代の用例を順に整理します。先に結論を言うと、語源は「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略とされますが、そこから先の由来には確定していない説もあります。

目次

ちちんぷいぷいの意味は「痛みをなだめる言葉」

「ちちんぷいぷい」は、子どもが転んだり、体をぶつけたりしたときに、痛む場所をなでながら唱える言葉です。いわゆる「痛いの痛いの飛んでいけ」と似た場面で使われます。

結論として、ちちんぷいぷいは子どもの痛みをまぎらわせ、気持ちを落ち着かせるための言葉と考えると分かりやすいでしょう。言葉そのものに、辞書で説明されるような具体的な動作や物の名前が含まれているわけではありません。

辞書で説明される基本的な意味

『日本国語大辞典』では、「ちちんぷいぷい」は「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略として説明されています。そして「ちちんぷいぷい御世の御宝」には、幼児が転んだり、ぶつけたりして体を痛めたとき、痛む所をさすりながらすかしなだめること、また、そのときに唱える言葉という意味があります。

つまり、単なる掛け声というよりも、子どもを安心させるための語として説明されているのが基本です。なでる動作と一緒に使われるため、言葉だけでなく、声かけとふれあいを組み合わせた表現と見ることもできます。

この意味では、「ちちんぷいぷい」という言葉を聞いただけで痛みが消えるというより、痛がっている子どもに声をかけ、そばにいることを伝える役割が中心になります。言葉を唱える行為と、痛む場所をなでる動作が一緒になることで、子どもをすかしなだめる表現として成り立っています。

ただし、ちちんぷいぷいを唱えればけがや痛みがなくなる、という意味ではありません。辞書で示されているのは、あくまで幼児をすかしなだめるときの言葉という用法です。

したがって、意味を説明するときは、魔法のような効果を持つ言葉として断定するのではなく、子どもの気持ちを落ち着かせるための唱え言葉と捉えるのが適切です。痛みそのものを説明する語ではなく、痛みを感じている子どもへの対応に関わる語だと考えられます。

「痛いの痛いの飛んでいけ」との関係

現代の会話では、「ちちんぷいぷい」と「痛いの痛いの飛んでいけ」を続けて使うことがあります。前者が昔から伝わる唱え言葉、後者が痛みを遠くへ追いやるイメージを表す声かけです。

そのため、両者は完全に同じ言葉ではありませんが、子どもをなだめる場面では近い役割を持っています。「ちちんぷいぷい」は、痛みを説明する言葉ではなく、痛がる子どもに寄り添うための言葉と考えると、使われ方が理解しやすくなります。

「痛いの痛いの飛んでいけ」は、言葉の中に痛みを遠ざけるイメージが比較的はっきり表れています。一方、「ちちんぷいぷい」は、決まった意味を一語ずつ説明するよりも、唱え言葉全体として受け止める表現です。似た場面で使われても、言葉の成り立ちや表現の形まで同じというわけではありません。

なお、辞書の説明には、痛む場所を本人以外の人がなでる場合だけでなく、自分でなでながら唱える場合を含むものもあります。対象は主に幼児ですが、言葉の意味を知るうえでは、子ども向けのなだめの表現という点が重要です。

このように考えると、「ちちんぷいぷい」と「痛いの痛いの飛んでいけ」は、同じ意味の言葉として置き換えるより、子どもを安心させる場面で近い働きをする表現として整理できます。どちらも、痛がる子どもへの声かけとして理解すると分かりやすいでしょう。

  • 転んだり、ぶつけたりした子どもをなだめる
  • 痛む場所をなでながら唱える
  • 「痛いの痛いの飛んでいけ」と併用されることがある

ちちんぷいぷいの語源・由来は「御世の御宝」の略

「ちちんぷいぷい」の語源を調べると、「ちちんぷいぷい御世の御宝」という長い表現に行き着きます。短い言葉だけを見ると意味が分かりにくいものの、もともとは後半の言葉を含む形で使われていたとされます。

「ちちんぷいぷい」の語源が完全に確定しているわけではなく、辞書でも由来については説として扱われています。まずは、辞書で確認できる基本形と、そこから派生した説を分けて考えることが大切です。

「ちちんぷいぷい御世の御宝」とは

「御世」は「ごよ」または「みよ」と読まれることがあり、「御宝」は「おたから」と読みます。表記には「御代」とする形も見られますが、いずれも「ちちんぷいぷい」と組み合わされた長い表現として伝わっています。

この表現は、幼児をなだめるときの唱え言葉として説明されるだけでなく、手品などを子どもに見せるとき、呪文のように唱える言葉としても説明されています。「なだめの言葉」と「呪文のような掛け声」という二つの用法があることが、意味を分かりにくくしている理由の一つです。

つまり、「ちちんぷいぷい御世の御宝」は、子どもの痛みをなだめる場合にも、不思議なことを起こすように見せる場合にも使われる表現です。場面によって受ける印象は異なりますが、どちらも声に出して唱える言葉である点は共通しています。

短い「ちちんぷいぷい」だけが広く残った結果、元の「御世の御宝」を知らない人にとっては、最初から魔法の呪文だったように感じられることがあります。しかし、辞書上の中心的な説明は、まず幼児をなだめるための言葉です。

そのため、語源を考える際には、現在よく使われる短い形だけで判断しないことが重要です。長い形の中にある「御世の御宝」との関係を確認すると、辞書で示される意味と、呪文のように感じられる印象を分けて理解できます。

「智仁武勇は御世の御宝」という説

由来の説として、「智仁武勇は御世の御宝」という言葉が変化したものではないか、という説明があります。「智」「仁」「武勇」を、世の中にとって大切な宝と見る考え方に結びつけた説です。

この説では、「智仁武勇」が音の変化によって「ちちんぷいぷい」に近い形になったと考えます。ただし、これは確定した語源として説明されているのではなく、「一説には」と紹介される由来の候補です。

言葉の音が似ていることから、二つの表現を結びつけて考える説ですが、音の近さだけで由来が証明されるわけではありません。したがって、この説明を紹介する場合も、語源が明らかになったと受け取られないようにする必要があります。

また、儒教に関連して「智・仁・勇」が基本的な徳として扱われる説明もあります。一方で、「智仁勇」と「智仁武勇」は同じものではなく、「武勇」という形がどのように加わったのかについては、単純に説明できません。

そのため、語呂合わせのように整えられた説ではないかと見る説明もあります。「智仁武勇」は興味深い由来説ですが、確定した語源と断言しないことが重要です。

この説を理解するときは、「御世の御宝」という表現とのつながりを示す由来の候補として見ると整理しやすくなります。辞書で示される略称の説明と、音や意味のつながりから考えられた説は、同じ種類の情報ではありません。

見方 内容
辞書で示される形 「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略
由来の一説 「智仁武勇は御世の御宝」と結びつける説
確定状況 由来には不明な点があり、諸説の一つとして扱われる

「ぷいぷい」の意味と江戸時代の用例

「ぷいぷい」だけを取り出すと、何かを追い払う動きや、魔法の効果を表す語のようにも感じられます。しかし、確認できる辞書の説明では、単独の「ぷい」に特別な意味があるというより、「ちちんぷいぷい」というまとまりで使われる言葉です。

「ぷいぷい」だけに、現代語のような独立した意味を当てはめるのは慎重であるべきです。音の面白さや唱えやすさが、言葉の形を支えている可能性はありますが、確定した語源として説明できる資料は限られています。

「ぷいぷい」は何を表しているのか

「ちちんぷいぷい」は、声に出して唱える言葉です。そのため、意味を細かく分解するというより、全体で一つの唱え言葉として理解する方が自然です。

「ぷい」という音から、痛みや悪いものを外へ追い出す印象を受けることはあります。しかし、それは言葉の使われ方から受けるイメージであって、「ぷい」に「痛みを飛ばす」という辞書的な意味があると決まっているわけではありません。

また、「ぷいぷい」を現代の言葉にそのまま置き換えようとすると、意味を狭く捉えてしまう可能性があります。実際には、前後の音を含めたまとまりとして唱えられるため、一語ずつの意味よりも、声かけ全体の働きに注目する方が適切です。

「ぷいぷい」は、意味を一語ずつ訳すより、唱えたときの響きや呪文らしさを含めて捉える語です。短く繰り返すことで、子どもにも覚えやすく、声かけとして使いやすい形になっています。

このように、「ぷいぷい」だけの意味を無理に決めるのではなく、「ちちんぷいぷい」という表現の中でどのように使われているかを見ることが大切です。意味の中心は、単独の音ではなく、唱え言葉としての全体にあります。

江戸時代にはどのように使われたのか

「ちちんぷいぷい」が古くからある言葉だと分かる根拠の一つが、江戸時代の書物に見られる用例です。滑稽本『古朽木』には1780年の用例があり、洒落本『五臓眼』にも1789年から1801年の間の例が示されています。

これらの例は、現在よく知られているような、子どものけがをなだめる場面とは限りません。手品の呪文を思わせる使い方として紹介されており、当時から不思議なことを起こす掛け声のようにも受け取られていたことがうかがえます。

つまり、江戸時代の用例から分かるのは、この言葉が子どもの痛みをなだめる場面だけに限られていなかったということです。呪文のような響きを持つ掛け声として使われる例もあり、現在の印象につながる要素がすでに見られます。

さらに、太田全斎が編さんした国語辞書『俚言集覧』には、1797年ごろのものとして「ちちんぷいぷい御代の御宝」を「小児を誘ふ児語」と説明する例があります。これは、子どもに対して使う言葉としての用法を示すものです。

江戸時代の用例には、手品の呪文に近い使い方と、子どもへの声かけの両方が見られます。現在の「痛いの痛いの飛んでいけ」に近い使われ方だけが、最初から唯一の意味だったとは言い切れません。

このように複数の用法が確認できるため、「ちちんぷいぷい」を一つの場面だけに結びつけるのは十分ではありません。古い用例を踏まえると、なだめの言葉であることに加えて、唱えたときの呪文らしい性格も持つ表現として理解できます。

  • 1780年:滑稽本『古朽木』の用例
  • 1789年〜1801年:洒落本『五臓眼』の用例
  • 1797年ごろ:『俚言集覧』に「小児を誘ふ児語」とする例

家光と春日局が元ネタという説は本当?

「ちちんぷいぷい」の由来を調べると、徳川家光が幼いころ、乳母の春日局があやすために唱えた言葉だという話に触れることがあります。知名度のある人物に結びつくため、もっともらしく感じられますが、扱いには注意が必要です。

家光と春日局に結びつける話は、広く知られた俗説であり、語源の確定的な証拠として扱うことはできません。辞書解説でも、真偽は明らかではないという趣旨で説明されています。

家光・春日局にまつわる由来説

この説は、幼い家光を春日局があやす際に、「智仁武勇は御世の御宝」に通じる言葉を唱えたという形で語られます。家光の健やかな成長や、将来の徳を願う言葉として説明されるため、子どもをあやす「ちちんぷいぷい」と結びつきやすい話です。

また、「御世の御宝」という表現が、子どもを大切な存在として見るイメージとも合います。そのため、由来として紹介される機会はありますが、話の印象がよいことと、歴史的に確定していることは別に考えなければなりません。

この由来説が分かりやすく感じられるのは、子どもをあやす場面と、子どもの成長を願う言葉が結びついているためです。しかし、内容が自然につながっているように見えることだけで、実際の発祥を裏付けることはできません。

現時点で確認できる説明では、この話はあくまで俗説です。「春日局が実際にこの言葉を唱えた」と断定する形で紹介するのは適切ではありません。

したがって、この話を取り上げるときは、語源の答えとしてではなく、語源にまつわる伝承の一つとして説明する必要があります。辞書で示される意味や古い用例とは、確かさの扱いが異なる点に注意しましょう。

なぜ元ネタを一つに決められないのか

言葉の歴史では、古い書物にどのような形で登場するかが重要になります。「ちちんぷいぷい」には江戸時代の用例が確認されますが、それが誰の発言から始まったのか、最初にどの場面で生まれたのかまでは、用例だけでは分かりません。

そのため、「御世の御宝」の略という辞書的な説明と、「智仁武勇」に結びつける説、家光と春日局にまつわる話を同じ重さで扱うことはできません。分かっていることは古い用例と意味であり、誰が最初に作ったかは未詳の部分が残るという整理が適切です。

特定の人物や出来事に結びつく話は印象に残りやすく、言葉の由来として広まりやすいものです。しかし、後から語られた説明と、古い資料で確認できる用例は分けて考える必要があります。用例があることは、発案者まで明らかになることを意味しません。

語源を知りたいときは、「辞書が示す語形」「由来の一説」「歴史上の俗説」を分けると、情報が混ざりません。次のように整理すると、説明の確かさを判断しやすくなります。

この区別をしておけば、家光と春日局の話を完全に無視する必要もありません。あくまで俗説として紹介しながら、確定している意味や用例とは別の位置づけに置くことができます。

  • 確認しやすい内容:「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略とされること
  • 古い用例:江戸時代の書物や国語辞書に見られること
  • 一説・俗説:「智仁武勇」や家光・春日局に結びつける説明

まとめ:ちちんぷいぷいの語源・由来・意味を整理

「ちちんぷいぷい」の意味や語源を調べると、単なる魔法の呪文ではなく、子どもをなだめるための古くからの唱え言葉であることが分かります。手品などで呪文のように唱える用法もありますが、辞書の基本的な説明は、痛む場所をなでながら幼児をすかしなだめる言葉です。

語源については、「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略とされる一方、由来の細部は確定していません。「智仁武勇は御世の御宝」に由来する説や、家光と春日局にまつわる話は、あくまで説・俗説として理解しましょう。

つまり、意味については比較的整理しやすい一方、語源の細かな経緯や、最初にこの言葉を使った人物については、はっきりしない部分が残ります。確定している内容と、由来として語られてきた説明を分けることが、全体を正確に理解するポイントです。

また、「ぷいぷい」だけを取り出して特別な意味を決めるのではなく、「ちちんぷいぷい」というまとまりで見ることも大切です。子どもをなだめる声かけと、呪文のような掛け声という複数の用法が、現在の言葉の印象につながっています。

最後に、今回のポイントをまとめます。

疑問 答え
ちちんぷいぷいの意味は? 幼児の痛む場所をなで、すかしなだめるときに唱える言葉
語源は? 「ちちんぷいぷい御世の御宝」の略とされる
ぷいぷいの意味は? 単独の意味より、全体で唱え言葉として理解される
江戸時代にもあった? 『古朽木』『五臓眼』『俚言集覧』などに用例がある
家光と春日局が元ネタ? よく知られた俗説だが、確定した由来ではない

ちちんぷいぷいは、「痛みを消す魔法」の名前というより、子どもを安心させるために受け継がれてきた言葉です。語源や由来には謎が残るからこそ、古い用例と伝承が重なりながら、現在まで親しまれてきた表現だといえるでしょう。

その意味を知ると、「ちちんぷいぷい」は不思議な響きだけを楽しむ言葉ではなく、痛がる子どもに寄り添うための声かけとして理解できます。語源については断定を避けつつ、辞書で示される意味と古い用例を中心に捉えるのが、最も分かりやすい整理です。

【参考・出典】

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